風斗と雷斗の悲劇


ここは術も呪いも妖怪も、全てが日常の上にある世界。

 

その世界の東の果てに位置する島国がこの物語の舞台である。

その国の名を、「芳ノ国(カノクニ)」という。

かつてその国は、四季に恵まれ作物もよく育ち、人々の暮らしに潤いのあるとても豊かな国 “だった”

 

木々が生い茂る山があり、透明に澄んだ水が静かに流れる川。

四季折々の自然が人の目に美しく映り、ほのかに漂う花の香りがとても心地好く、まるで桃源郷のような国だった。

 

 

 

【厄】が現れる、その時までは___

 

 

 

それは、冬が明けたばかりの春の日の出来事だった。

 

ある所に、とても仲の良い双子がいた。

背丈も顔も声までも瓜二つ。

唯一違う所は『瞳の色』といったところか。

 

双子の髪色は水色。

双子の兄の方が黄緑の瞳、名を風斗(フウト)。

その弟が黄色の瞳、名を雷斗(ライト)という。

いつもの日常、いつもの風景、いつもと同じように2人はお気に入りの場所で遊んでいた。

 

双子には1つ上の兄がいた。

その兄の容姿は青色の髪に朱色の瞳。

名を澄晴(スバル)という。

何時の時も、兄である澄晴は双子から少し離れた所で見守っていた。遊びに夢中になり、2人が遠くへ行かないように。

 

 

長く、寒い冬が明けたばかりで気が緩んでいた。

 

 

その日はとてもよく晴れており、暖かな太陽の光が澄晴を夢の世界に誘おうとしていた。

いつもの日常、いつもの風景…穏やかな時間にうつらうつら、と、まどろみに落ちかけていた。

 

その時___

 

いつもとは明らかに違う、異様な出来事が起こった。

 

楽しく遊んでいたはずの双子の1人、雷斗の叫び声がしたのだった。

 

「雷斗っ!?」

 

その声に異変を感じた澄晴は、まどろみを払い除け、勢いよくその場から駆け出し双子の元に向かった。

 

澄晴が双子に目を向けると、風斗に見たことのない黒いモヤのようなものが覆いかぶさっていた。黒いモヤを見た瞬間、全身の血の気が引いたような悪寒がして、背中を冷や汗が伝った。

雷斗が風斗を助けようと泣きながら必死にしがみついており、風斗は黒いモヤに覆われて、目視できなかった。

澄晴はそのモヤが『不吉なモノ』だと感じた。

 

「オレの弟達を離せっ!!」

 

手にありったけの力を込めて、一気に力をその黒いモヤに放出した。手応えなく解けて消えていくモヤに澄晴は安堵するも、変わらず泣き叫ぶ雷斗に、かつてないほどの不吉な予感がした。

 

澄晴が2人のすぐ側に駆け寄る。

 

風斗に自発的な動きはある。幸い命に別状はない様子だ。

 

しかし、風斗は顔を抑えうずくまり、雷斗はその背中に向かって「風斗っ!風斗っ!!」と、何度も何度も名前を呼んでいた。

 

「どうしよう…兄貴…風斗が、俺を庇って…!」

 

ボロボロと泣きじゃくる雷斗を見て、不吉な予感が的中してしまったことを悟った。

この時の予感だけは、何がなんでも回避したかったのに。

 

「兄貴……僕…。」

 

風斗が震えながら声を出す。

ゆっくりと上げたその顔を見て、澄晴と雷斗は言葉を失った。

 

「僕の…左目、盗られちゃった……。」

 

 

 

この日を境に、国全体に黒いモヤの出没が確認され、至る所で災いが引き起こされるようになった。

ある者は大切なモノを失い、ある者は治らぬ病を患い、またある者は体の一部を持っていかれ、ある者は呪われた様に人々を襲うようになった。

 

また、得体の知れない大きな獣も現れるようになった。

人を襲い、作物や家畜を食い荒らすため国民は平和に暮らせなくなっていった。

 

人々は言った。

「芳ノ国は呪われた。」と。

 

長く寒い冬を耐えしのび、待ちに待った春の訪れは、ひどくとても残酷だった___